南山城跡

南山城跡〜嘉手志川

カーシェアリングで車を借りたついでに、前から行きたかったローカルな城跡へ。

14世紀の沖縄は北山、中山、南山の三国に分かれておりました。(三山時代)

その内の1つが、ここ、糸満にある南山城跡。

どーん。

南山城址 南山城跡

めちゃくちゃかっこいい。
トゥームレイダーみたい。(見たことないけど)

沖縄のグスク跡はどこも石垣が綺麗で大好きなのですが、ここも例外なく好きになりました。

島内にはまだまだ小さな城跡がいっぱいあるので、いつか全制覇したいところ。
30カ所以上あるので、とうてい無理じゃが。

南山城趾 ガジュマル

ガジュマルの根っこが廃墟感に拍車を掛けますな……。

さて、南山城を見たあとは、すぐ近くにある嘉手志川(かでしがー)へ。

南山城跡から歩いて行ける距離です。

文明の興るところにはやっぱり水だよな〜。

福岡でも大きな川の周りは縄文時代か弥生時代かの遺跡、いっぱい出てましたもん。
四大文明だって全部川の周りですしね。

嘉手志川 嘉手志川

南山が滅んだのは、最後の王・多魯毎(たるまい)が中山王尚巴志(しょうはし)の持つ金屏風を欲しがるあまり、この嘉手志川と屏風を交換したことが原因と言われており。

尚巴志が泉(嘉手志川)を封鎖

農業できなくなった市民が激おこ

市民、水を使わせてもらうために尚巴志につく

尚巴志との戦いの末、多魯毎は自害

ということらしいです。

ほんまかいな。
普通に考えたら絶対、 屏風<水 やと思うんやけど。

まあ、伝説ですからね。

尚巴志は結果的に沖縄を統一した人なので、策士だったのでしょう。

「多魯毎が中国の王様に屏風を催促されていたという文献が見つかった」というネット記事も見たので、真相が気になるところ。

嘉手志川

こんこんと湧き出る水は、今も生活に使われているようで、この日は子どもが水着で水遊びしてました。
ええ。
11月ですが、暑かったです。

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